アジアで唯一世界の博物館ベスト10にランクイン「ベトナム戦争証跡博物館」を訪問。【ベトナム🇻🇳旅行#13】

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年間100万人来訪の「ベトナム戦争証跡博物館」を訪問

今回のベトナム旅行で何度も目にする言葉が、「ベトナム戦争」である。

ベトナムを語る上では、ベトナム戦争の歴史は必ずと言っていいほど出てくるだろう。

そんなベトナム戦争について教科書で習ってはいるもの、実際にどのような戦争だったのかと聞かれるとなかなか答えるのが難しいのが現状ではないだろうか。

ベトナム戦争がどれほど悲惨な戦争だったかを知るためには、「ベトナム戦争証跡博物館」を訪れるべきであると断言できる。

ホーチミン人民委員会庁舎を出発して、Grabタクシーで「ベトナム戦争証跡博物館」と向かった。

位置としては、ホーチミン市内中心部からは少し離れ、統一会堂の北西側にある。

到着すると目立つように掲げられている2本の旗がある。

右側にあるのはみなさんご存知の赤旗に黄色い星印のベトナムの国旗である。

そしてその左隣にあるのは、共産主義の旗(ベトナム共産党)の旗である。いわゆる、「鎌と槌」である。

入場料を払って中に入ると、アメリカ空軍の戦闘機や戦車などが並べられている。

ちなみに入場料は大人40,000VND、子供20,000VNDである。日本円に換算すると大人240円程度、子供120円程度でありかなり安い価格となっている。

敷地内にはどこを見ても、戦車や弾頭、戦闘機、戦闘用のヘリコプターなどが展示されており、ベトナム戦争の凄惨さを入る前から感じることができる。

エントランスを通り、館内へと入っていく。

実際に建物内に入ると、ベトナム戦争の生々しい写真や記事などを目にすることになる。

入館前にベトナム戦争とは何だったのか、どのような凄惨なことが起こっていたのかを勉強しておいた方がより理解をしやすいと思う。

私が勉強した内容のアウトプットも兼ねて、ベトナム戦争の概略と内容を記しておきたいと思う。

ベトナム戦争とは?
第二次世界大戦後、統治をしていた日本軍の撤退により南北に分かれたベトナムの統治をめぐる戦争で、1955年11月に始まり1975年4月30日まで約20年間も続いた。南ベトナムをアメリカが、北ベトナムをソ連が支援しており、実質的には「米ソによる資本主義陣営と社会主義陣営の代理戦争」だったと言われている。最終的には反戦の声の高まりでアメリカが撤退したことで、ソ連の支援する北ベトナムが勝利。ベトナム社会主義共和国が誕生した。この戦争で使われた使用弾薬量・投下爆弾量は第二次世界大戦を遥かに超えており、史上最大の破壊戦争と言われている。死者は数百万人にのぼる。

引用:「今こそ「ベトナム戦争証跡博物館」に行くべき理由をまとめます【ホーチミン】Note りょうかん」

一言で言えば、ベトナム戦争は米ソによる資本主義陣営と社会主義陣営の代理戦争であり、北ベトナムの共産主義派の拡大を恐れたアメリカが南ベトナムを支援し、南ベトナムを事実上の傀儡政権とすることで戦争に参戦し、結果的に泥沼化してしまったと言ったところだろうか。

※私自身の解釈が誤っている可能性もあるので、間違っている可能性もあります。

※可能な限り中立的な立場でベトナム戦争を捉えていきたいと思います。

そして、ベトナム戦争で忘れてはいけないのが、アメリカ軍による枯葉剤の散布である。

ジャングルに潜んでいるゲリラ部隊の対応に苦慮した米国が森林を枯らして敵の位置を分かるようにするために、多量の化学兵器(枯葉剤)をベトナム全土に散布した。

その枯葉剤の散布量は10年間で7,200万リットルと言われている。想像ができない量である。

枯葉剤にはダイオキシンなどの有害物質が含まれており、多くのベトナム人が苦しむことになった。

特に2世、3世と奇形児や障害児が多く生まれて、今でも苦しんでいる人が多くいるという。

枯葉剤の散布により荒廃した大地の写真などの多くが博物館には展示をしてあった。

あまりにもショッキングな写真が多く見るのを躊躇うほどだったが、事実は事実として知っておくべきことだと考え、全てじっくりと見てきた。

奥に見えている地図は南ベトナムにおけるアメリカ軍の拠点や軍隊を示している。

博物館の中には日本に関する展示コーナーもあり、ベトナム戦争との日本の関わりについて学ぶことができる。

ベトナム戦争の際に日本は参戦はしてないが、後方支援としてアメリカ軍の支援をしていたそうだ。

アメリカ軍が必要とする爆弾などを日本の製造業が生産し、それによる特需が日本で起きていた。

一方でベトナム戦争に反対する反戦運動も日本では起こっていたそうだ。

日本に関する展示コーナーは、もちろん反戦運動に関する内容がメインであった。

ベトナム戦争の凄惨さを学び、あまりに長く見ているのも苦痛なので、施設の外に出てきた。

だが、施設の外には、さらに恐ろしいものが展示をされていた。ベトナム戦争中の投獄である。

高く積み上げられた石塀の中には、当時のベトナム人が収容されていたという。

外気の気温は高温多湿にも関わらず、監獄の中はひんやりとしていて不気味な雰囲気さえ感じた。

以上、ベトナム旅行の最後にはベトナム戦争の悲惨さを改めて学ぶことができた。

観光だけではなく、歴史についても学ぶことができて良かったと感じている。

再び、Grabタクシーに乗車し、タンソンニャット国際空港へと向かい、帰国することとなる。

次回、#14でお会いしましょう。

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