ベトナム戦争終結の舞台となった近代史の象徴「統一会堂」を訪問。【ベトナム🇻🇳旅行#9】

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ベトナム戦争の終結の舞台「統一会堂」を訪問

スコールも落ち着き、雨も止んできたので再び外に出ることにした。

続いてやってきたのが、統一会堂(Reunification Palace)である。

以前は南ベトナムの大統領官邸であったこの場所は、近代史を象徴する歴史の舞台となった場所だ。

ホーチミンで最も美しい建物のひとつ。以前は南ベトナム大統領官邸であった。1975年4月30日に解放軍が戦車でフェンスを破った様は世界で放送され、「無血入城」として知られている。事実上のベトナム戦争終結であり、一つの国家が終焉を迎えた瞬間である。後に南北ベトナムが統一され、それにちなんで現在は統一会堂と名前を改めている。当時の姿をそのままに一般観光客に公開している。現在でも重要な国際会議では統一会堂が使われることがある。

引用:「JTB 統一会堂の観光情報」

共産主義体制の北ベトナム民主共和国と資本主義体制の南ベトナム共和国の間での戦争がこの統一会堂を舞台として、終結をしたのだ。

結果的に勝利をしたのは北ベトナムのため、現在のベトナムは社会主義国となっている。

もちろん歴史というのは戦争に勝利をした陣営によっても塗り替えられたりすることもあるから、しっかりと事実を把握した上で、どちらの目線から展示がされているかを知っていないと偏った見方をしてしまうことがあるだろう。

その意味でも、日本で習った教育の内容と、ベトナムような社会主義国での博物館での展示内容などを見てその差を比べていると非常に興味深い記述がたくさんある。

正面の門をくぐり円形の芝生の周りを歩いてシンメトリーの白亜の建物へと向かっていく。

1階正面から入ると見えてくるのが、内閣閣議室である。

ミーティングルームとして使われていたそうだ。

3階には、映写室もある。

ふとバルコニーから窓の外を見てみると、轟音と共に再びスコールが襲ってきた。ものすごい勢いで雨が降っている。

外に出られないので、雨が止むまでは統一会堂を見て回ることにした。

また、同3階にはゲームルームもある。

有事の際に使用するヘリポートなども設置されている。こちらのヘリコプターは当時の機材をそのまま使用しているそうだ。

赤丸は実際に爆弾が投下された場所だという。本当にギリギリの状況でこの建物を本拠として南ベトナムは戦っていたという状況を考えることができる。

2階にあるこちらの部屋は大統領執務室である。

ホール中央にある円形の絨毯も特徴的だ。

こちらは大統領夫人用の部屋だろうか?

ちなみにだが、統一会堂からタンソンニャット空港まで緊急避難用の地下道までもが設けられているそうだ。

当時の徹底した避難経路の確保の姿勢を窺い知ることができる。それくらい緊迫した状況だったのだろう。

だがその一方で、大統領用のゲームルームや映写室などもあり、戦争により一般国民が困窮する中で、旧大統領府の中では比較的豪華な暮らしぶりがあったのかと思うと、考えさせられることが多い。

また、敷地内には戦争終結を象徴する戦車も設置されている。

1975年4月30日、南ベトナム解放民族戦線(北ベトナム軍)の戦車がフェンスを突き破り大統領官邸に突入すること、南ベトナム政権は終わりを迎え、結果的に南北ベトナムが統一し、現在の社会主義政権が誕生することとなった。

その時の戦車がこちらなわけだから非常に歴史的価値のある場所である。

最後にシンメトリーで美しい、統一会堂を再び撮影した。スコールは上がったが、空はどんよりしておりまだまだ雨は降りそうである。

現在のベトナムが成立するまでの歴史に触れることで、世界史に関する歴史の知見がさらに深まった。

「無血開城」として「サイゴン陥落」の舞台となったこの統一会堂はホーチミン旅行の際には必ず予定に組み込みたい。

そのぐらい歴史的価値のある場所であり、見応えがあった。

まだまだホーチミン市内を観光していくこととする。

続きは、#8でお会いしましょう。

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