「腹が減っては戦はできぬ」という言葉がある通りで、私にとっては「腹が減っては旅行はできない」のである。
フランス料理店でラーメンを食べて満腹になり体力回復した私は続いての観光地に向かうことにした。
景福宮の離宮として建造された「昌徳宮(チャンドックン)」を観光
訪れたのは、15世紀に景福宮の離宮として建造された「昌徳宮(チャンドックン)」である。
景福宮、徳寿宮、慶熙宮、昌慶宮と並んで、昌徳宮もソウルの5大王宮となっている。
今回の旅行ではソウルの5大王宮のうち徳寿宮と景福宮に次いで、3箇所目の訪問となる。
昌徳宮は世界文化遺産にも選ばれており、ソウル旅行では必見のスポットということで絶対に見ておきたいところだろう。
東西500m、南北800mの広大な敷地内に13棟の宮殿が建造されている。
時間の都合上、全てを見ることができなかったが、時間の余裕さえあればもう少しゆっくりと観光したかった。

【画像引用:地球の歩き方公式HP 昌徳宮】
観光を始める前に一度昌徳宮の歴史を振り返っておきたい。
昌徳宮は1405年に建造された離宮だったが、正宮である景福宮が焼失したため、270年にわたって政務が執り行われた歴史ある場所である。
昌徳宮に入って、一番最初に見えてくる門がこちらの「敦化門(トヌァムン)」であり、敦化門は木造の二層構造となっており、韓国最古の門でもある。
他の王宮と同様に、敦化門以外は豊臣秀吉の朝鮮出兵である「文禄・慶長の役」にて大半が焼失してしまっている。
再建後も何度か火災に見舞われて修復と再建を繰り返して今現在に至っているそうだ。

冒頭に掲載している引用画像を参考にすると分かりやすいが、昌徳宮の入り口の敦化門を入ると錦川橋という橋を渡り、正殿の方向へと歩いて行くことになる。
こちらの錦川橋はあまり目立たないので素通りしてしまいそうになるが、実は韓国で最古の門と言われている。

正殿内に入る上で複数の門をくぐる必要があり、正殿から見て西側に位置する門がこちらの「進善門」である。


写真左側には正殿へと続く「仁政門」が見えており、写真奥には正殿から見て東側の門にあたる「蕭章門」が見えている。

こちらは昌徳宮の正殿である仁政殿の前門である「仁政門」である。
どれも同じような門に見えてしまうが、門の全面にしっかりと門の名前の表記がされているのでしっかりと見ておきたいところである。

仁政門の北側に見えてくるのが、昌徳宮の正殿である仁政殿(インジョンジョン)である。


朝鮮王朝の国王の即位式や謁見などがこちらの仁政殿で行われていたそうだ。

仁政殿の内部は吹き抜け空間になっており、外観では2層構造になっていたが、館内ではそのような構造は見られないようになっている。
日本の寺院などでは通常、大仏が置かれていることが多いが、ここ韓国では儒教思想がメインなので大仏などは置かれてないようだ。


天井が高く見上げるだけでも首が痛くなるが、見上げてみて損はないと思う。

仁政殿の東側に進んでいくと見えてくるのが、熙政堂(ヒジョンダン)である。
王の日常生活の場であり、政務が行われることもあった場所だが、火災で焼失したため、景福宮から建物が移築されており、建物の内部は西洋風の装飾がされている箇所があるという。



熙政堂からさらに南西側の奥に進んでいくと楽善斎という女官や王の妻などが余生を送った目立たない場所があった。

閉館時間間際ということもあったが周囲と比べて人の数もそこまで多くなく静かな雰囲気が漂っていた。

宮殿内を観光していてまだ見学が終わっていなかったが、閉館のアナウンスが流れ始めて、営業終了の18時近くになってしまった。
結局、ここで昌徳宮の観光は打ち切りとなってしまった。
もう少し時間があれば良かったのだが、これ以降の観光は今後のソウル観光の楽しみとして残しておくことにした。
以上で昌徳宮観光は終わりとなります。ここまで読んでいただきありがとうございました。
続きは、#16をご覧ください。


