ジェットスターでエアーズロック空港→シドニー国際空港へフライト。途中で能登半島地震発生の一報。【オーストラリア🇦🇺旅行#21】

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2024年1月1日、日本では能登半島地震が発生した日であり、私にとってはウルル・サンライズの観光を終えて、エアーズロック空港からシドニー国際空港へ向けて帰る予定の日である。

飛行機に搭乗して、シドニー国際空港に到着して、スマートフォンを開いた途端、日本で震度7の地震発生の一報が入り、あまりの衝撃にまずは日本の家族の安否を確認しようとしたところ、先に家族から無事との連絡が入った。

シドニー到着後はどのテレビ番組を見ても日本の地震のニュースが報じられており、オーストラリアで日本の大地震のニュースに触れることになるわけだが、まさかそんなことになるとは思ってもいなかった。

本編では、エアーズロック空港からシドニー国際空港までのジェットスター搭乗記に加えて、海外での日本の地震の一報に触れた時の体験談を記録として残しておきたいと思う。

ホテルチェックアウト後空港へ移動

奇跡的に赤く燃えるようなウルル・サンセットを見ることができて2024年の元日から感動に浸っていたわけであるが、ウルル観光もあっという間で1泊2日の全ての旅程を終えて、シドニーへと戻る時間になってしまった。

サンセットを見終えた後はエアーズロックリゾート内にあるデザートガーデンズホテルに戻ってきて、2時間ほど休憩をした後、チェックアウト時間の10:00ギリギリにチェックアウトをして、エアーズロック空港まで戻ることにした。

前日にレンタカーを借りた際には、ガソリンを満タンにして車を返却するように言われていたため、エアーズロックリゾート内にあるガソリンスタンドで給油をして、エアーズロック空港まで戻ることに。

ウルル・カタジュタ観光では、ほとんどの場合、エアーズロックリゾート内にあるガソリンスタンド「Shell Ayers Rock Service Station」で給油をすることになるためレンタカーを借りる際には事前に場所を確認しておいたほうが良いことは間違いない。

他の給油所までは数十km以上離れているので、基本的にはガソリンスタンドの選択肢はないと思っていたほうが良いだろう。

外国でのセルフガソリン給油は人生でも初めての経験なので不安だったが、事前に予習をしていた通り、黄色で「Unleaded」と書かれた油種を給油することになる。

こちらの「Unleaded」という油種が日本でいうところのレギュラーガソリンに該当するのだろう。

給油スタンドには、白色のラベルの「Diesel」と書かれた軽油や、赤色のラベルの「Shell V-Power」と書かれたハイオクに相当する油種が並べられていたので、最初は日本の名前と異なるので迷うことは間違いない。

さらに驚くべきことはガソリン価格であり、レギュラーガソリンの値段は恐るべき267.9cent/ℓ(日本円換算で約250円/ℓ、2025年3月の換算レート)である。

私が給油したのは19.61ℓで、52.54AUDもかかっている訳だから、日本円換算で約5,000円程度となる。

正直に言えば、周囲にガソリンスタンドがなく独占状態、砂漠のど真ん中に輸送する輸送コスト、オーストラリアのそもそもの物価の高さにより、ガソリンの値段も跳ね上がっており、まさに三重苦の状況である。

ガソリンスタンドは周囲には無いので、どれほど値段が高くてもこちらのガソリンスタンドで給油をする以外に選択肢がないので、給油者には選択権は与えられていない。

前日のレンタカーを借りた時点との総走行距離を比較すると、今回のウルル・カタジュタ観光では合計219kmを走ったことになる訳だが、それでガソリン5,000円とはあまりにも高すぎだろう。

気温に関しては、前日の40℃越えの気温から比べれば、幾分涼しく感じられるが、それでも33℃と高温であることには変わりない。

ウルルサンライズ見学時の朝の天気と変わらず、上空には厚い雲が広がっていたので、その分気温が上がっていないのだろうと思った。

エアーズロック空港→シドニー国際空港へのフライト

エアーズロック空港(コネラン空港)でチェックイン

給油を終えた後はエアーズロックリゾートを後にして、エアーズロック空港(コネラン空港)に到着をして、2日間のウルル・カタジュタ旅をともにしたレンタカーとのお別れの時が来た。

レンタカーを借りた際の指示通り、空港の駐車場にレンタカーを置いて、車の鍵だけは空港内の受付に備え付けらているボックスに鍵を返却するだけで完了である。

それからは荷物を飛行機のチェックインカウンターで預けて、いよいよ搭乗手続きへと進んでいく。

今回のフライトは前日のシドニー国際空港→エアーズロック空港までのフライトの復路で、往路と同じくジェットスター便でシドニーまで戻ることになっている。

チェックインカウンターには私と同じ便に搭乗予定のウルル・カタジュタ観光を終えた観光客の多くが並んでおり、チェックインカウンターの窓口の数も少ないせいか、10分弱並んでいたと思う。

出発便のフライトボードに記載されているフライトの数も少なく、すでに搭乗が始まっているカンタス航空のシドニー行きの便とともに、私が今回搭乗するジェットスターのシドニー行きの便の2便のみしかない。

エアーズロック空港はあくまでも観光メインの空港で規模も小さく、通常1日に2便〜3便程度しか出発をしていないようなので、私がこれまで訪れた中でもかなりこじんまりとした空港だったと思う。

私が搭乗する予定の便の13:10エアーズロック空港発シドニー国際空港行きジェットスターJQ661便はエミレーツ航空とカンタス航空の共同運行便(コードシェア便)にもなっているようだ。

チェックインカウンターでは何事もなく、無事搭乗券を発券してもらうことができた。

行き先がエアーズロックと書かれた航空券は、これだけでもウルルを訪れた記念のお土産になる。

往路と同様に復路も通常運賃よりも少し高い運賃を支払っていたので、15AUD?の範囲内であれば機内で食事を注文できるようである。

Fare:PLUS CLASSと書かれているので、ほぼ間違いない。

国内線なので出発ゲートに入れば、あとは手荷物検査をするだけである。

制限エリアの中に到着して待機をしていたが、出発予定時刻の25分ほど前に搭乗が開始された。

飛行機のチェックインを済ませているうちに厚い雲に切れ間ができており、太陽の光が窓の外には降り注いでおり、昨日と同様見るからに気温が上がっていそうである。

アナウンスに従い、搭乗ゲートを通ると、一度屋外を通って機内へと案内されていく。

飛行機の誘導路上にはカンタス航空の機体が停まっているが、こちらは先ほどフライトボードで確認をしたシドニー行きの便ではなく、到着便かなにかだろう。

横断歩道のようなところを歩いて、今回私が搭乗する機体へと進んでいく。

シドニーまでの復路も銀色のボディーに包まれたジェットスターにお世話になる。

前から搭乗して問題ないのだが、私は後方の座席を予約していたので、機体後方から乗るために進路変更をした。

機体の周りをぐるりとまわりながら、後方の扉から飛行機へと乗り込む。

誘導路上を歩くだけでも、酷暑で体の水分が持っていかれてしまう気分になる。

実際の気温は測っていないが、朝から気温が上がり40℃前後はあるのではないかと思う。

日本の航空会社では珍しいが、海外の航空会社では珍しくない男性のCAさんに挨拶をして、機内へと乗り込む。

機内は往路便と同様に3列-3列の座席シートとなっていた。

エアーズロック空港からシドニー空港までの飛行時間はおよそ3時間なので、機内モニターがなくともそんなに不自由は感じないし、シートピッチが狭くても我慢できる時間である。

安全にシドニーまで送り届けてもらえれば、LCCにそれ以上の機内サービスは求めない。

復路からも窓からウルルやカタジュタの上空からの景色が見えるように、右側の窓際を予約していたおかげで、離陸前から窓越しにウルルの姿を遠くに見ることができる。

エアーズロック空港→シドニー国際空港

ほぼ定刻通りに飛行機は出発をして、いよいよ離陸の時がやってきた。

滑走路の周りに赤土の大地が広がる空港など、世界を見渡しても数少ないのではないだろうか。

何度離陸をした経験があっても、飛行機が飛び立つ瞬間というのはなぜか緊張するものである。

空港の周りには赤土の大地が広がっており、さらには奥の方にカタジュタの姿を見ることができる。

高い山が全くないので、凹凸のあるカタジュタが上空からでもはっきりと分かる。

離陸の際に窓から見える景色では私のこれまでの人生の中でベストだと感じるほど。

ウルルやカタジュタを見に行くことが人生のうちでもう一度あれば良いなと思いながら、飛行機の窓から景色をずっと眺めていたのを覚えている。

飛行機の進むスピードはあっという間で、窓からはカタジュタがもう少しで見えなくなってしまう。

カタジュタに別れを告げると、今度はウルルの姿が徐々に見えてくる。

飛行機からはウルルの姿もはっきりと見ることができる。

また再びウルルの姿を見る時を楽しみにしながら、ウルルにも別れを告げた。

短いようで長い人生のうちにはもう一度くらい、ウルルやカタジュタを訪れることがあっても良いだろう。

シドニー国際空港に到着後、能登半島地震発生の一報

それからおよそ3時間ほど飛行をして、シドニー国際空港第2ターミナルへと戻ってきた。

到着時刻はシドニー時間で18:00だが、シドニーとウルルの間にはサマータイム導入時で1時間30分の時差(サマータイムが無い時期は30分の時差)があるので、ウルル時間に換算すると現在時刻は16:30ということになる。

オーストラリアは州によって時差が異なることに加えて、サマータイムを導入している州としていない州があって計算するときに混乱をしてしまうので毎回確認をしないといけないのが面倒でもある。

余計混乱をしてしまうが、シドニーはサマータイム導入時には日本との時差は2時間あり、シドニーの方が日本よりも2時間進んでいるので、日本時間だと現在時刻は16:00となる。

そしてまだこの時は能登半島地震があと10分後に迫っていることなど、知る由もなかった。

飛行機を降りた後は国内線なので、入国検査などはなく、荷物を受け取るだけで空港の外に出ることができ、第2ターミナルはケアンズからの到着時や前日のエアーズロック空港までの出発時にも使用していたため、ある程度は位置を把握しており、迷うことなく手荷物受け取り所へと向かうことができた。

手荷物受取所で荷物を受け取った後はシドニー観光をしたいので、早めにホテルのチェックインへと向かいったかったのだが、全く手荷物が出てくることがなかったので、ロストバゲージが発生したかと思い、チェックインカウンターに相談に行ってみたところ、もう少し待っていろとの指示があった。

ちょうど荷物が出てこないので、ターンテーブルの前で時間を余らせてスマートフォンでXを見ていたところ、緊急速報を伝えるアカウントをフォローしていたので、【NHKニュース速報】石川県で震度7が発生したと言う一報に触れて驚いてしまった。

震度7という情報だけではなく、大津波警報なども発令されており、これは只事じゃないぞと感じたわけだが、まずは日本にいる家族の安否確認と、日本海側に住む親戚の安否確認をしたわけだが、とりあえず無事とのことで一安心した。

まさか元日から、オーストラリアで日本の大地震のニュースに触れるなんて微塵たりとも思っていなかったわけだから驚いてしまったが、海外にいては何をすることもできないのでただ日本から流れてくる情報を眺めることしかできない。

同じターンテーブルの近くにはウルルを訪れていた日本人もいたわけだが、まだニュースを知らないのか日本の地震については何も話していなかったので、私が日本の地震のニュースを知ったのはかなり早かったと思う。

能登半島地震の発生時刻は16:10だが、私はその2分後にはXで情報を把握できたが、それ以降日本の状況が心配になり災害情報をひたすら眺めていた。

ロストバゲージをしたかと思っていたが、かなり時間を要したが荷物を受け取ることができ、シドニー国際空港とシドニー市内を結ぶエアポートリンクに乗車して、シドニー市内へと向かうことにした。

この時ばかりは、日本がどういう状況なのかを断片的にしか把握できていなかったので、全く旅行気分にはならなかったわけだが、そのような状況下で急いで日本に帰ろうとしても帰ることはできないはずなので、状況によってはオーストラリアに数日滞在をしないといけなくなるかもしれないと考えていた。

シドニーエアポートリンク「ミュージアム駅」で降車

能登半島地震のニュースが気になりながらも、エアポートリンクでこの日の宿泊ホテルの最寄駅である「ミュージアム駅(Museum)」まで向かい、下車した。

ミュージアム駅は、以前の旅行記で紹介したシドニー交通の要衝であるセントラル駅から1駅のところにあり、サーキュラーキーなどの市内観光にとっても便利なホテルを見つけている。

ホテルについては次編で紹介するが、大晦日の「シドニー・ハーバー花火大会」が終了しているため、ホテル価格は一気に下がっていたために、街の中心部でも安い値段でホテルの予約がしやすくなっていた。

シドニーの鉄道の駅名表示板はロンドン地下鉄に似た形になっており、英国統治時代の名残を感じることができる。

駅のホーム自体も、どこか英国の雰囲気があるように思う。

まるで映画の世界の迷い込んだかのような雰囲気があり、イギリスを訪れた時のことを思い出した。

ふとこういった景色に出会うことができるのも旅の醍醐味であるのは間違いない。

ミュージアム駅の駅舎を出ると、高層ビル群が立ち並ぶシドニーCBDの街並みを見ることができた。

前日の朝までシドニーにいたというのに、ウルル・カタジュタ観光の充実度が高かったのか、数日間シドニーを離れて旅行をして帰ってきた気分になった。

ミュージアム駅周辺を歩きながら、ホテルへと向かっていく。

シドニーにてテレビ緊急速報で「能登半島地震発生」の報道を見る

ホテルに到着してしばらくした後、テレビをつけてみると日本の地震のニュースが速報でオーストラリアでも報道されていた。

日本のNHKにあたるオーストラリアの公共放送オーストラリア放送協会(ABC)のニュースでは、トップニュースとしてかなり長い時間をとって日本の地震の内容が報道されており、かなり複雑な気分だったが、かなり詳細な部分まで報道されていたので、この時点でわかっている範囲内での被害状況を把握することができた。

まだ1週間程度は旅行の予定が残っているので、このタイミングで日本に帰るという選択はしない予定だったわけだが、あまりの被害状況なら地震のことが気になって旅行どころではない。

一方で、オーストラリアにいる私としては、地震が起きたからといって何もできることはなく、シドニーには直接的な影響はないので、翌日以降も観光自体は通常通り続けることにした。

2024年の元日早々、本当に大変なことが起こってしまったわけだが、日本から遠く離れた異国の地にいる私としても、いつ発生するかわからない自然災害に対して、常日頃から準備をしておく必要があると強く感じたのを覚えている。

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